まぬ子の映画放浪記

映画の考察や撮り方を考えてみる。と期待を持たせつつ、ほとんど感想かもしれません。オノマトペかもしれません。映画を観ながらひとり酒、ときどき顔パックの日々。

映画『立ち去った女』感想・考察 【4時間超!冤罪で失われた30年の果てに】

記念すべき一本目。

どうせなら今年一番最初にみた作品にしようと思ったのですが、思い返せば今年一本目の鑑賞作品はホドロフスキー監督のエンドレス・ポエトリー(2016)でした。

ハードルたっか!

ということで、一作目に選出したのがこちら。


 

立ち去った女image
(C)Sine Olivia Pilipinas / Cinema One Originals
『立ち去った女』(2016)

冤罪で投獄され、30年もの間を刑務所で過ごしてきたホラシアは、ある日、彼女を陥れた黒幕がかつての恋人・ロドリゴだと知る。釈放後、彼女は30年で失ったものの大きさを知り、復讐を心に決めるが……

 


満足度 85%

 


圧巻!驚異の228分!

と、つい尻込みしてしまう長さですが、このラヴ・ディアス監督、知る人ぞ知る長尺変態監督だったようで。他作品を辿ってみると540分やら450分やらとんでもない数字が出てきたので、これでも短く編集した方なのかもしれない…笑

 

 

恨みつらみのがっつり4時間復讐劇コースというわけではなく、ずっとミドル〜ロングショットで流れる淡々としたやり取りが、観る側の感情に必要以上に訴えかけず、長尺でも疲労感なく観ることができた。わたしたちは出来事、雑音、空気をただ眺めるのみなのです。

 

また、全編モノクロ写真集を見ているような美しい絵の連続も見どころのひとつ。おそらくアート愛好家には至福であろう4時間と言えるかもしれません。

大半が野外の夜シーンなのに、ここまで明暗を美しく撮れるものなのか。うーん素晴らしい!

 

冤罪で刑務所に30年服役した女・ホラシアが、自分を陥れた男に復讐するまで。

釈放後も巻き戻せない時間、家族との溝、怒り、絶望に打ちひしがれる。

30年という時間はあまりに長い。私なら末代まで呪うな…

 

誰よりも理不尽な怒りを抱えた彼女に、神や奇跡のような根拠のない救いを信じることなんて出来るわけないよね。

それでも、途中で出会う貧しいバロット売りや自殺未遂のトランスジェンダーの女、断固として髪を洗いたくない物乞いの女など、社会的弱者たちを放っておけないのは、神の御前だとか道徳とかでなく根っからの人間愛。

彼女が人々へ与えた愛情とその行く末に、果たして神はいたのか?取調室のシーン、結末はあまりに複雑で答えが出ない。

ラスト、散乱したチラシの上を歩くシーンは鳥肌モノ。

失われた時間によって、彼女から奪われた多くの願いとその行き場のなさは残酷だよなぁ。

 

『神は真実を見そなわす』より

 『立ち去った女』はトルストイの短編『神は真実を見そなわす』から着想を得たお話とのことですが、まぬ子は『戦争と平和』すら読んでないんだよなぁ…

ということで、Google先生に聞いてみたものの、かの有名なトルストイの作品なのに日本語の情報が  全 然 な い !

 

仕方がないので英語版Wikipediaをまとめてみました。

"God Sees the Truth, But Waits" 

 殺人の冤罪で26年間投獄されていた男・アクシオノフは、自身の人生をあきらめ、神へ捧げることにしました。つまり出家ある日、真犯人から「自分が本当の犯人」であると告白される。しかし、アクシオノフはその告白を許し、釈放される前に死んでしまったのでした。(ニュアンス的に自殺?)

 

「見そなわす」は「ご覧になる」という意味だそう。邦題だと「But Waits」は省略されてしまうのですけど、読んでいない私からすると、「半世紀じっくり美しい魂を熟成させましたって話?」と救いのなさにモヤモヤ。

『立ち去った女』の序盤でも、ホラシアは同じ刑務所で友達然としていたペトラから自分が実行犯であると告白されるので、ここまではトルストイの設定そのままといってもいいでしょう。ただ、ペトラは良心の呵責のあまり、自殺してしまうんですね。

ホラシアは釈放後、ロドリゴへ復讐することを心に決めるのですが、その行く末はいかに…というのが『立ち去った女』の内容。

 

 どちらも踏まえて感じたところは、「それでもあなたは人を許せますか?」「理不尽な運命を恨まずにいれますか?」という問いかけかなぁ。

トルストイアクシオノフは、苦悩の末であったにせよ、もはやメルヘンかと思えるほど美しい信仰心で人を許すけれど(まあ人生あきらめていますし)、『立ち去った女』では、ホラシアはどんなに心優しくても尼でも聖女でもないので、より地に足がついたテーマだったように感じた。

人間の善悪はシビアで、苦境に陥った時その本質がむきだしになる。

 

この映画では神は沈黙する。神が見ていようが見ていまいが、人は見ている。

 

『立ち去った女』:ラヴ・ディアス監督 独占インタビュー - i-D

https://i-d.vice.com/jp/article/evbqnn/the-woman-diretor-lav-diaz-interview

 

「バロット」ってなに? 

物語には、貧しい「バロット売り」の男が登場する。多くの人がきっと思ったであろうこの疑問。「バロットってなんぞや?」

なんだか上品なお茶菓子風の名前に聞こえはするものの、路上で売っているものなので屋台飯?きっとフィリピンのローカルフードなんだろうな程度にしか思ってなかったけれど、一応調べてみた。

 

"バロットとは、孵化直前のアヒルの卵を加熱したゆで卵である"

 

と文字だけ見ると「なんだピータンか…」と思うかもしれないが、「孵化直前」という恐ろしワードを見逃してはいけない。そう、雛が…雛がいる。

 

このバロットなる食べ物、かなりのグロさ

 

単語を検索するだけでも、一番上にグロ画像が表示される。これはもう、ご遺体です。閲覧注意どころか検索注意モノです。これだけ言っても検索した人はドMか猛者だよね…

 

2011年8月6日、米誌フォーブス(電子版)が選んだ「世界の気色悪い食べ物トップ10」

https://www.google.co.jp/amp/s/www.excite.co.jp/news/article-amp/Recordchina_20110808007/

(画像ないのでご安心♪)  

8位ピータン 4位バロット 

 

あのオッサン、こんなもの売ってたのか…

 

ラヴ・ディアス監督、次回作は?

ラヴ・ディアス監督は2019年カンヌに次作『停止(英題: The Halt)も出展されてたそうで、圧倒的に気になるのが、

 

 

 

気になる次回作は、なんと、283分!

 

「なんだそんなもんか…」と感じてしまうけれど、4時間43分です。『立ち去った女』より約一時間長いのです。

高級デパートへ足を踏み入れたが最後、入店15分後には7.8万円のTシャツですらだんだん安く見えてくるあの現象とおなじです。おそろしい。

 

ただ、テーマがまぬ子の大好物・ディストピアものなので、気になってはいます。トレーラーからはディストピア感まったく感じないな…でも5時間も停止する時間があればぶっちゃけ寝たいですけどね。



 

2019年10月28日より、東京国際映画祭で上映されるそうです。

 

【停止】 | 第32回東京国際映画祭

https://2019.tiff-jp.net/ja/lineup/film/32CCA03